成人先天性心疾患とPAH
(ACHD-PAH)
Ⅰ.疾患定義
成人先天性心疾患によって起こるPAHは
ACHD-PAHと呼ばれています
生まれつきの心臓の病気である先天性心疾患(Congenital Heart Disease:CHD)は、患者さんが成人(Adult)になるとACHD(成人先天性心疾患)と呼ばれます1)。近年のCHDに対する治療の進歩により、CHD患者さんの95%以上が成人を迎えることができるようになっています1)。
しかしながら、現在でも、ACHD患者さんに手術を行っても治癒に至らない場合も多く、手術後の後遺症、加齢に伴う合併症などを生じることも多いため、ACHD患者さんは生涯にわたり継続的な観察や治療が必要です2)、3)。
ACHDの主な合併症には以下のものがあります(図)2~4)。また、生活習慣病(肥満、高血圧、糖尿病、動脈硬化)などの発症2)にも気をつける必要があります。
2~4)を参考に作成
心臓には、右心房と左心房を隔てている壁、右心室と左心室を隔てている壁があり、CHDのうち、この壁に穴があいている(欠損)病気があります5)、6)。この穴を通って血液が流入すること(シャントといいます)により、通常よりも多くの血液が肺に送られます。その結果、肺動脈の血圧が高くなり、肺動脈性肺高血圧症(Pulmonary Arterial Hypertension: PAH)を引き起こすことがあります(CHD-PAH/ACHD-PAH)7)(図)5~7)。
5~7)を参考に作成
1)八尾厚史. 日内会誌. 2018; 107: 219-25.
2)日本循環器学会. 成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_ichida_h.pdf
(2022年6月閲覧)
3)丹羽公一郎ほか. 臨床麻酔. 2020; 44: 1169-77.
4)日本循環器学会. 肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/10/JCS2017_fukuda_h.pdf
(2022年6月閲覧)
5)中山理絵ほか. 超音波検査技術. 2020; 45: 291-9.
6)堀端洋子. Heart View. 2013; 17: 1002-8.
7)藤野剛雄. CARDIAC PRACTICE. 2016; 27: 33-7.
Ⅱ.疫学情報
ACHD-PAH患者数は12,000~40,000人程度と推定されます(2007年時点)1)
出生児におけるCHDの有病率は、人種に関係なく約1%とされています1)。2007年時点でわが国のACHD患者数は40万人以上と推定されています1)、2)(図)2) 。
一方、近年の調査でCHD患者に占めるCHD-PAH患者の割合は約3~10%と推定されていることから、ACHD-PAH患者数は12,000~40,000人程度と推定されます1)。
【調査方法】
ACHDは15歳以上のCHD患者と定義した。1971年以前に生まれたACHD患者数は未手術患者の生存率、心臓手術の死亡率、手術後の長期生存率から算出した。1972~1982年に生まれたCHD患者は1997年に15歳以上であり、患者数はCHDをもって生まれた年間の患者数とCHDによる年間の死亡者数から推定した。1972~1992年に生まれたACHD患者数はCHDをもって生まれた年間の患者数と5歳未満でCHDにより死亡した総患者数から推定した。CHDの重症度は米国心臓病学会の第32回ベセスダ会議のタスクフォース1に従って分類した。
他の病気が原因となって起こるPAHの中で、
ACHD-PAHはPAH全体の8.5%を占めています3)
PAHに関する日本の研究の結果では、PAHの原因のうち「特発性(全く原因がわからない)PAH/遺伝性PAH」が最も高い割合(55.6%)を占めており、ACHD-PAHは8.5%を占めていました(図)3)。
3)を参考に作成
【調査方法】
厚生労働省科学研究費の補助を受け開始されたレジストリー。日本の8施設において2008年4月~2013年3月の間に登録されたPAH患者189例(未治療患者108例、治療患者81例)のデータを収集した。
患者の適格基準は以下のとおりであった。
・18歳以上
・診断時に右心カテーテル検査のデータがあるPAHと診断された患者(安静時mPAP≧25mmHgおよびmPAWP≦15mmHg)
2008年4月~2013年3月の間に右心カテーテル検査でPAHと診断された患者を未治療患者、本研究開始前に診断されていた患者を治療患者とした。
mPAP:平均肺動脈圧、mPAWP:平均肺動脈楔入圧
1)日本循環器学会. 肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/10/JCS2017_fukuda_h.pdf
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2)Shiina Y, et al. Int J Cardiol. 2011; 146: 13-6.
3)Tamura Y, et al. Circ J. 2017; 82: 275-82.
Ⅲ.主な症状
ACHD-PAHの主な症状は「息切れ」です1)
PAHは進行性の病気です。ACHD-PAHもPAHと同様に、より早期に発見し、より早期に治療を開始することが大切です。ACHD-PAHの主な症状は、安静時(じっとしている時)や労作時(家事や歩行など体を動かした時)の「息切れ」です。そのほかに、動悸や食欲不振、むくみ、腹水(おなかに水がたまる)などがみられます。また、不整脈や失神発作から突然死をきたすこともあります1)(図)1)、2)。
安静時に息切れがみられなくても、労作時に息切れがみられる時は、どんな時に息切れを感じるか、どのくらいの程度の息苦しさなのかなど、日頃から自分の体調は症状に気を付けておくと、ACHD-PAHの早期発見、または病気の進行を早い段階で見つけることができる可能性があります。
息切れやいつもとは異なる症状に気づいたら、早めに主治医に相談しましょう。
1)髙木弥栄美ほか. 成人病と生活習慣病. 2013; 43: 168-72.
2)田村雄一. 日内会誌. 2018; 107: 195-201.
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Ⅳ.診療科と検査
ACHD患者さんは、生涯にわたる定期的な受診が重要です
CHDは主に小児循環器内科で診療されており、成人になってもそのまま小児循環器内科で継続して診療することも多かったのですが、最近では、管理が循環器内科に移行することも増えてきており、両診療科が協力するグループ診療の動きもみられます。また、今後は、ACHDを専門とする医師を中心とした小児循環器内科、循環器内科、心臓血管外科、麻酔科、産科、内科、看護師、臨床心理士などを含む多職種によるチーム医療の診療体制が求められています1)。
治療においては、現在でも、ACHD患者さんに手術を行っても治癒に至らない場合も多く、手術後の後遺症、加齢に伴う合併症などを生じることも多いため、ACHD患者さんは生涯にわたり継続的な観察や治療が必要です1)、2)。さらに、ACHDは重症のものになると、専門の医療施設での定期的な経過観察と治療が必要となりますが、日本では、2011年時点で専門施設としての条件を満たすのは14施設とされています1)。
体調に目立った変化やいつもと違う症状がみられなくても、定期的な受診を心がけるようにしましょう。
ACHD-PAHの主な診療科は、循環器内科です
ACHD-PAHの主な検査は心エコー検査、胸部X線検査、心電図検査、血液検査など3)ですが、ACHD-PAHであることを確実に診断(確定診断)するためには、右心カテーテル検査を行う必要があります3)。
ACHD-PAH患者さんは、基本的に妊娠・出産は避けることとされています
ACHD患者さんの多くは、妊娠・出産が可能ですが2)、ACHD-PAH患者さんは、基本的に妊娠・出産は避けることとされています3)。
また、PAHを合併していないACHDの一部の患者さんでも死亡のリスクが伴うため、リスクの高い患者さんの場合は、産科や小児循環器内科、循環器内科、麻酔科、心臓外科、遺伝科など、複数の科が連携したチーム医療が必要となります4)。
妊娠によって母体や胎児の死亡をきたす危険性の高い病気には、以下のものがあります(表) 5)。
5)より一部改変
また、妊娠・出産時の変化に十分に適応できるかどうか、妊娠前に予測する必要があります。肺動脈の血圧や心臓の機能などを把握することは、母体や胎児の合併症を予測する上で重要です。妊娠前の検査には、病歴、診察、胸部X線、心電図、心エコー検査が含まれ、心臓カテーテル検査や運動負荷試験、CT検査などを行うこともあります。
ACHD患者さんは、妊娠前に十分な検査を行い、これらの検査結果と妊娠のリスクについて、主治医とよく話し合うことが重要です5)。ACHD患者さんは、妊娠前に妊娠・出産について主治医に相談しておくことが望ましいでしょう。
1)日本循環器学会. 成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_ichida_h.pdf
(2022年6月閲覧)
2)丹羽公一郎ほか. 臨床麻酔. 2020; 44: 1169-77.
3)日本循環器学会. 肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/10/JCS2017_fukuda_h.pdf
(2022年6月閲覧)
4)神谷千津子. 心臓. 2012; 44: 1351-6.
5)赤木禎治. 心臓. 2015; 47: 1078-82.
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Ⅴ.治療
ACHD-PAHは、PAHの治療に使用するお薬を用いて治療します1)
ACHD-PAHの治療は、PAHの治療に使用するお薬を用いて治療しますが、シャントを閉じる手術を行うこともあります1)。
PAHの治療では、狭くなった肺の血管を拡げるお薬を使用します1)。さらに、PAHに対するお薬1剤で治療する単剤療法や、異なる作用のお薬を2剤または3剤組み合わせて治療する併用療法を患者さんの状態に応じて選べるようになり1)、症状の改善や病気の進行を抑えることが期待できるようになってきました1~3)。
また、お薬で効果がみられない一部のACHD-PAH患者さんでは、(心)肺移植の実施が検討されます1)。ACHD-PAHの治療に対するお薬について不明な点がある場合や、服用後に体調の変化に気づいた場合は主治医に早めに相談しましょう。
※PAH治療薬には経口薬(飲み薬)の他に静注薬、皮下注薬、吸入薬もあります。
1)日本循環器学会. 肺高血圧症治療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/10/JCS2017_fukuda_h.pdf
(2022年6月閲覧)
2)髙木弥栄美ほか. 成人病と生活習慣病.2013; 43: 168-72.
3)Tamura Y, et al. Circ J. 2017; 82: 275-82.
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Ⅵ.基礎疾患について
ASD、VSDは、ACHD-PAHの原因となることがある主なCHDです
ACHD-PAHには、原因となるさまざまなCHD/ACHDが存在します。主なCHD/ACHDとして、心房中隔欠損(Atrial Septal Defect:ASD)(図1)1)、2)や心室中隔欠損(Ventricular Septal Defect:VSD)(図2)1)、2)があり、そのほかに、肺動脈閉鎖・心室中隔欠損(PA-VSD)や房室中隔欠損、ファロー四徴、動脈管開存、単心室などがあります1)。
PA-VSD:Pulmonary Atresia-Ventricular Septal Defect(肺動脈閉鎖・心室中隔欠損)
心臓の上側にある右心房と左心房は心房中隔という壁で隔てられていますが、この壁に穴があいている状態をASDといいます2)。この穴を通って血液が左心房から右心房へ流れることで、通常よりも多くの血液が右心房や右心室に流れ込むため、右心房や右心室が大きくなったり、PAHを引き起こしたりすることがあります3)、 4)。
ASD患者さんの多くは、成人になるまでほとんど症状は無く、症状の無い小児期に学校検診などで発見されることが多いものの、成人になってから初めて発見されることも珍しくはありません5)。
主な症状は、息切れや動悸、易疲労感(疲れやすさ)です5)。
心臓の下側にある右心室と左心室は心室中隔という壁で隔てられていますが、この壁に穴があいている状態をVSDといいます2)。
この穴が小さい場合、自然に穴が閉じることもあります。穴が中程度~大きい場合は、PAHを引き起こすことがありますが、多くの患者さんは乳幼児期に穴を閉じる手術を行います2)、6)。
1)八尾厚史. 日内会誌. 2018; 107: 219-25.
2)渡辺重行ほか 編. 心電図の読み方パーフェクトマニュアル, 羊土社, 2015, P344-7.
3)窪田武浩ほか. HEART nursing. 2005; 18: 441-7.
4)椎名由美ほか. 綜合臨牀. 2008; 57: 2371-8.
5)日本循環器学会. 成人先天性心疾患診療ガイドライン(2017年改訂版)
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_ichida_h.pdf(2022年6月閲覧)
6)編集主幹 筒井裕之. 循環器診療ザ・ベーシック 心エコー図, メジカルビュー社, 2018, P206-13.
希望をもって、積極的に治療に向き合いましょう。